ピックアップレーサー記者コラム

「期待されるのはうれしいこと…」。原田幸哉はこう語ったことがある。そして、「それに応え結果を出す」意義と表裏一体となったモチベーションが存在する。2021年前半、下関のマスターズチャンピオンと徳山周年記念を制するとその勢いを駆って蒲郡のボートレースメモリアルで優勝。長崎支部所属選手として30年ぶりにグランプリ出場を決めた。まさに期待してくれたファンとの約束を果たした年だった。その躍動は2022年も続く。宮島オールスターに8年連続22回目で選ばれると、シリーズリーダーとなり優勝して再び約束をカタチにしたのである。11月末の賞金ランキングは4位。そして初めてグランプリのファイナリストとなった。結果は4着だったが、その走りっぷりやレース内容はファンの誇りとなったのである。これもまた「いいレースをする」という約束の果実だ。ボートレーサーになる前は海上自衛隊で艦外の音を聞き分けるソナー担当だった原田幸哉。その影響か、感覚や感性を大切にする面がある。マニュアルを遵守しながらも計算外のことにも対応できるのだ。人々の「期待」という熱量も計算から導き出されるものばかりではないと覚えておきたい。
東海勢のグランプリ覇者はのべ4人。1997年の服部幸男(第12回大会)、2008年の井口佳典(第23回大会)、そして2011年(第26回大会)と2013年(第28回大会)の池田浩二である。「賞金が1億円であることや最高峰のレースであることを考え緊張していたのも事実ですが、発走して水上に出たら気持ちが変わりました…」と語ったのは2011年グランプリ優勝祝勝会の席上。「ごく普通の、一般戦と同じ1個のレースに過ぎないと感じた」というのだ。その2年後の2013年にも同じような発言をしている。2022年は、東海地区選手権競走(2月)の優勝戦でまさかのフライングを切ってしまったが、「水が合う」と語った唐津のグランドチャンピオン(6月)で有言実行の優勝を果たしている。2年連続13回目のグランプリはファイナル進出といかなかったが、存在感はいつも通りだった。ただ、「いつも通り」ほど難しいものはない。大舞台になればなるほど平常心でいられないもの。アスリートの永年のテーマである。しかし、それをいとも簡単にやってのけ美しい高速ターンを披露してくれる池田浩二。多くのファンが憧れ、グッズ人気も筆頭格である理由がそこにある。
「チャレンジカップで勝って、これまでと違う景色を見させてもらっている…」。ナイスガイ馬場貴也は2019年にこう語っていた。そして、選手会滋賀支部長という重責を担いながら記念戦線に参戦し続けている。その仕事は多岐にわたり煩雑さもあるが、「そのおかげで強くなれた部分もあります」と、労をいとわない。個人事業主たる選手、それも極めて多忙な記念レーサーが自分の時間を他者のために費やすのは容易いなことではない。その生きざまや志をファンはよく知っている。「実直で優しくて強くて…、見事な男です」。これは経験豊かなボートレースファンの言葉だ。「果てなき向上心」「途切れない集中力」「分かりやすいレーススタイル」、そして「人を大切にする姿」がこの人物を分厚くさせている。2022年は春先から賞金争いの上位を占め追われる立場だったが、最後の最後で賞金王の称号を手にできなかった。ただ、その心は悔しさよりも次を目指す向上心で満たされている。それはメンタルの強さであり、SGレーサーをして「あのターンはマネできない」と言わしめているハイスペックターンへの志にほかならない。馬場貴也が育む感動はそうしたプロセスから生まれるのだ。
プロとは何だろうか。西山貴浩はそのありようを示してくれる。「魅せる」のがプロだと…。ステージで魅せ、ピットで魅せ、レースで魅せるのである。お笑い芸人顔負けのユーモアとリアクションは万人を愉快にするが、ただ楽しいだけではない。真剣勝負が裏打ちとなっているのだ。「きのうは一睡もできませんでした…」。ある勝者インタビューで開口一番こう口にしたことがある。インから敗れ人気に応えられなかった翌日の言葉である。目は真っ赤だった。それくらいファンからの期待を身をもって感じているのだ。西山貴浩という男のサービス精神は、自己への厳しと表裏一体。2022年1年間の1コース1着率は78.1%と高いが、満足していないだろう。そして、語るべき特徴は3コースの戦い方だ。「西山は差し屋」と思い込んではならない。3コースに入れば、敢然とまくり勝負に出る。1年間の3コース1着率は17.0%と、12.5%の2コースよりも高いのだ。抽選運が結果を左右するボートレースにあって、BBCトーナメントには究極の運を操るアミダマシーンが登場する。勝負師としての宿命をどう受け止め、あるいはどうリアクションで返すのか、そこから堪能したくなる。
ボートレースの発祥は1952年4月6日、ボートレース大村が舞台だった。以来、2022年で70年になるが、その節目の年、遠藤エミが大村で金字塔を打ち立てた。伝統あるボートレースクラシックでインから逃げ切り、女子レーサー悲願のSG優勝を成し遂げたのである。その兆しは2021年の浜名湖レディースチャンピオンにあった。「自分より私を信じて応援してくれるファンの皆さまがいる…」。優勝インタビューで涙ながらに口にした至言はその精神性を反映しているばかりか、教えてくれることが多い。何のために仕事し、勝負し、努力するのか…という問いへの答えがそこにはある。周囲への感謝と配慮、そして決意である。だからくじけないのだ。「子どもの頃はパン屋さんになりたかった…」という遠藤エミ。人が「美味しい美味しい」といって喜ぶことを自らの喜びとするようなところがある。それはそのままレースぶりに表れているといっていいだろう。高い緊張感を強いられる世界でさりげなく努力し、つわものに立ち向かう。そして結果に一喜一憂せず、もっともっと上達したいと願い行動する。そんな「けなげさ」が遠藤エミという女性の魅力であり、多くの模範となっている。
好事魔多しという。良いことが続いている時にこそ気を付けなければならないという戒めである。賞金ランキング18番目で滑り込んだグランプリトライアルで切ってしまったフライングは、まさにそれにあたる。しかし、決して浮ついた気持ちでいたのではない。これほど心技体について考え鍛錬するレーサーはそう多くは存在しない。そして、プロとして何が大切なのかもよく分かっている。そのうえで臨んだ勝負の結果であった。「人間的にも素晴らしい一流レーサー…」とはグランプリを制し賞金王となった白井英治の丸野一樹評。シンパシーを感じ「応援してあげてください」とファンにメッセージを投げかけている。7年以上前、「体作りが特に大切だと気づいた」丸野一樹は、専門家の門をたたく傍ら自らトレーニングメニューを作るなどしてアスリートの土台作りをはじめた。試行錯誤の末、たどり着いた「マルトレ」は、いまやボートレーサーに限らずアスリートのメソッドとなっている。さらに一般社会人向けに発信するなど幅は広い。時に、「体が勝手に動いた」と表現することもあるそのレースには、夢があり、ストーリーがあり、ドラマがあり、そして共感がある。