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ピックアップレーサー記者コラム

今年のレディースチャンピオン優勝戦はすさまじかった。平山智加の意表を突くコース取りがあり、際どいスリット合戦のなか實森美祐がフライングに散るなど壮絶を極めたのだ。そんな中。冷静に立ち回ったのがベテランの香川素子。デビュー25年目の記念初戴冠だったが、「クイーンズクライマックスに向け頑張っていきたいです」と次を見据える発言をしている。29期連続A級キープという実力派は、攻めを基本に守りも堅いタイプ。いわば「攻撃的自在」だ。2020年、43歳にして初めてSGの舞台(ボートレースオールスター)に立ったが、ファンの後押しには変わらぬ舟券貢献度がある。例えば、この半年間の2連対率は51.8%もあり、3連対率に至っては69.8%に及ぶのだ。コースに関係なく展開に影響を与える存在である。その戦いぶりはマスターズ世代に入っても衰え知らず。来期適用勝率も6点台半ばを超えておりA1復帰を確定的にしている。また、近況上位着をよく取っている息子の香川颯太の活躍も大きいだろう。喜びは大きな刺激でもあるのだ。地元びわこは難水面ながら、通算V4の得意水面だけに有利性は高い。その「攻撃的自在」戦に期待したいものだ。
レースぶりはさまざまに例えることができる。そのひとつが料理だ。見た目をはじめ、最初の口あたりや重なり合う味わいや風味など料理の世界は多彩で一様ではない。廣中智紗衣のレースをたとえるなら「味わえば味わうほど深く濃くなる一品」である。20代の頃は鋭発スタートを繰り出し主導権を握るスタイルで鳴らしたが、産休から復帰後は判断力やターン力でさばき上がるタイプに変身している。それでいて受け身ではないのだ。2017年には第6回クイーンズクライマックスシリーズで、3コースからまくりを決めて優勝。存在感を示している。今年も2月の平和島ヴィーナスシリーズを取るなどベテラン健在だ。来期は、4期連続で続いたA1からの陥落が確定的だがレースぶりは変わらない。ともすれば判断が遅れがちな4コースで強いのが受け身ではない証明で、過去1年間の1着率は14.8%と極めて高く、3連対率は81.4%もある。センター戦の舟券貢献度は秀逸である。さらに、体感を基準にするモーター調整は的確でブレが少ない。スタートは決して速い方ではないが、レース展開力で勝る一流レーサーが、センターの利くびわこでどう戦うのかじっくり愛でたいものだ。
女子レーサー人気は華々しいが、過去を振り返れば幾人もの先輩が礎を築いてきた。消えかかっていた女子の灯をつないだ鈴木(旧姓・田中)弓子さんをはじめ、圧倒的な強さを誇った鬼姫・鵜飼菜穂子さん、オールスターに6回出場している角ひとみ、2001年の唐津グラチャンに1号艇で優出(結果5着)した寺田千恵、オールスターに6回出場しSG優出2回を数える横西奏恵さんだ。遠藤エミのSGクラシックVはその延長線上にある。過去と現在、現在と未来は地続きなのである。そういう意味では魚谷香織も大きな役割を果たしてきた存在だ。オールスターは2010年をはじめ出場4回。女子人気定着の先導役を果たしてきた。そして、ママさんレーサーとして社会への発信力があり、活躍ぶりも変わらない。勝ちっぷりの良さが特徴だが、その起点は「鋭発スタート」。レースの主導権を握りにいく積極性が魅力である。平均スタートタイミングコンマ14もさることながら、平均スタート順2.7が光る。スリットに飛び込む時、常に艇団の前方にいるのである。オカでは優しく水上では厳しい「本物のアスリート」の笑顔を最終日に見たいものだ。
2017年から2021年までオールスターに5年連続で選出されてきた松本晶恵の人気は底堅い。その人気の秘密は人間力とレース力にある。4期通算の6着率が40%というデビュー当時、練習中のアクシデントで頭蓋骨を骨折。選手生命が危ぶまれたが、一念発起しG1V2の女子代表レーサーにまで上りつめたのだ。まさに人間力のたまものである。そして、レース力を支えているのは、結果よりも内容を優先する考え方にほかならない。結果を求めれば、どうしてもレースのスケールが小さくなる。そのダイナミズムやスケール感は「よりいいレースをしたい」という意志から発出しているのだ。2016年と2018年の平和島クイーンズクライマックスを制し戴冠しているが、このタイトルをふたつ取っている選手はほかにいない。名実ともに第一人者といえる存在である。それでいて奥ゆかしいからこそ人が惹(ひ)きつけられる。「こちらから何か言う前に気を配ってくれる女性」「強そうなのに、優しくて無邪気なギャップがステキ」という声はファンのみならず各方面から聞こえてくる。レーサーとしてだけでなく、人としてさりげなくお手本を示してくれる大和なでしこだ。
西橋奈未には行動力がある。幼少時はなかなかしゃぺらない子だったというが、小学生になると利発さを発揮する。5年生の時に、学校になかったバドミントン部をつくる。半分は男子だった。また、うさぎやにわとりの世話は自ら進んでやっていた。高校は石川県立工業高校の機械システム科。当然男子が大多数の教室である。部活動は剣道部か弓道部か迷った挙句、人があまり選ばない弓道を選んでいる。「弓道はひたすら自分との戦い。集中力の塊みたいなところがある」と当時を振り返る。挑戦する才媛は歴史が大好き。歴女なのだ。「本を読んだり、博物館に行ったり歴史上の地に赴いたりしています。そういう勉強から学ぶことがとても多いです」という。ちなみに、憧れは動乱の幕末に活躍した新選組。なかでも沖田総司や土方歳三は、墓参りをしたことがあるほど惹かれている。ペアボートに乗ったことがきっかけで突き進んできたボートレーサーの世界だが、養成時代は1年間が10年に感じるくらいつらかったという。今のレースぶりからは想像できないが、プロセスこそが財産。歴史がそうであるように紆余曲折の末、成果が手に入ることを最もよく知っている人物である。
「同じ着なら挑戦してみたいと思いました。スタートは全速です」「時間的に間に合わない感じでしたが、できるところまでやってみようと思いました」「ひるんでいるヒマはありません」「私には失うものはない」「いろいろ考えています。一晩よく考えます」…これは土屋南のことばである。調整面やコース取り、レース展開について深く考える一方、いったん決めたらまっすぐ進もうとするタイプだ。決断力の人は、外見とは異なる芯の強さを内包している。夫の佐藤翼が児島周年記念を制した昨年10月、その直後に産休から復帰するといきなり活躍し強い印象を残した。B2からいきなりA1に昇格したのだ。今年は児島ヴィーナスシリーズ(1月)と浜名湖ヴィーナスシリーズ(2月)を制したものの、F2のため2023年前期審査期間は思うに任せない面があったのも正直なところである。しかし、もともとスタートが速い。他艇を置き去りにするスタイルを持ち味としてきたアスリートである。近況、「無事故完走…」と口にすることがあるものの、内心えるものがあるのはいうまでもない。コース不問のオールマイティレーサーが意を決し、どんな走り走りをみせてくれるのか楽しみである。