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ピックアップレーサー記者コラム

一流は呼び捨てにされる。古くは王・長嶋、現代ではイチロー・ダルビッシュ・大谷である。トップブランドに敬称は不要なのだ。これは役者の世界や芸術の世界でも同じである。ピカソをピカソさんと呼ぶことはない。その点で、「松井繁」はブランドである。タワーの如くどこからでも見える絶対的存在は憧れであると同時に畏れの対象である。まだ見ぬ世界を開示し続けてきたからだ。SGV12、G1V58を含む140もの優勝(9月24日時点)には、道なき道を歩んできた足跡がある。苦しみながら築いてきたメソッド(手法)がある。人マネではこの境地にたどり着くことはできないのだ。「自分はそんなに強くない」「もがいてもがいてもがくしかない」「やっときざしがみえた」などの過去の発言はその道程を示唆している。2019年6月の桐生周年記念以来、SGやG1優勝から遠ざかっているが、勝利しても、あるいは敗れても、相手への敬意を忘れない端麗な姿がいつもある。これこそ、ボートレース界が大切にしてきた価値の体現である。我々は、山坂を越える王者の苦しみの顔を先回りして見ることはできない。背中で語る王者から何を感じ取るのだろうか。
勝負師にもスタイルはいろいろある。闘志をむき出しにするタイプがあれば、力みなく飄々(ひょうひょう)としている者や学者肌もいる。そして、「瓜生タイプ」なるものが存在する。極めて自制的な自律型だ。自制とは、自分を優先しない他者の視点をもった行動哲学を意味するが、勝ち負けの世界にあってそんなことがありうるのかといぶかしむ向きも多いだろう。しかし、武芸の世界では当たり前な心の姿だ。敵意ではなく、敬意をもって相手に臨む心構えである。ボートレース界にはその代表として瓜生正義がいる。人々に憧れを抱かせるスケールの大きな人物である。2021年の第36回グランプリ(住之江)優勝戦は妨害と転覆が発生する中、瓜生正義がセンターから自力勝負で栄冠に輝いた。「事故はほんとうに残念ですが、回るときには決まったなと思った」という発言に、その自制と自律が反映している。選手個々には厳しい闘走の積み重ねがある。そのプロセスへのまなざしが「残念…」となり、極みの場面で決然と行動できた至高の瞬間を「…決まったと思った」と表現したのだ。まるで古武士のようである。選手会長という要職を兼ねながら瓜生正義は世界をさらに大きくしていく。
今年8月の浜名湖お盆レース準優勝戦で菊地孝平はフライングを切った。「すぐSGメモリアルが控えているのに」と残念がる声は多方面から聞こえてきた。「SGはスタートが行けないのでは…」とも言われた。地元大看板の評価が下がったのである。「勝負は甘くない…」菊地孝平の常々のことばは意味深長だ。それは好調時の「油断大敵」を意味し、不調をかこっていても「不撓不屈(ふとうふくつ)」の精神が重要であることを示しているのだ。浜名湖のSGメモリアルはまさにその証明となった。コンマ01を含み、平均スタートタイミング10という驚異的な切れ味で予選&準優を突破。1号艇でファイナルに進出したのだ。とてつもない精神力と集中力である。2艇がフライングを切ってしまった優勝戦はコンマ19のスタートで1マーク勝負に出たが苦杯をなめている。文字通り「勝負は甘くない」ことを教えてくれたシリーズだった。2022年は唐津周年記念(3月)の優勝もあり、賞金ランキング9位(9月24日時点)としている菊地孝平。2016年から6年連続で続いているグランプリ出場をさらに伸ばし、賞金王の称号を獲得する挑戦に終わりはない。
馬場貴也という人物が教えることは奥深く際限がない。「周囲への敬意と感謝」「自己への厳しい眼差し」「最高技術へのあくなき探求心」「方法を重んじる精神性」などキリがない。「違う景色を見させてもらっている」。2018年11月の芦屋チャレンジカップ優勝で視座が変わったが、優越的な地位を得ながら謙虚さに変化はない。社会全体を俯瞰(ふかん)しながら行動できるのである。ファンはそのことをよく知っている。「実直で優しくて強くて…、ほんとうに見事な男です」。はるかに年上の応援者の言葉が人格を言い当てている。2021年は、近畿地区選手権(2月の三国)をはじめV4とし、グランプリ3回目の出場を果たした。そして今年は、びわこの正月レースを皮切りに戸田のタイトル戦や若松一般戦で優勝。さらに、びわこ秩父宮妃記念(3月)・下関周年記念(3月)・戸田周年記念(4月)とG2、G1を制している。9月25日時点の賞金ランキングは4位だ。多くのライバルが「マネできないほど高いレベルで完成されている」と口をそろえる高速ターンを駆使し、美しく華麗に勝利する姿を愛でることになるだろう。通算V15の地元びわこ水面で…。
ソフトボールの塁間は18.29メートル。ランナーはここを3秒前後で駆ける。捕球し送球する野手に時間的余裕はない。ミスが許されないスポーツだ。そのソフトボールに、遠藤エミは青春をかけていた。絶え間ない反復練習と精神を鍛える叱咤(しった)が伝統の競技にあって、「すべてを真に受ける」性格では身がもたない。底抜けに明るかったり、あっけらかんとしていたり、くよくよしない者が多い。遠藤も、女子トップレーサーでありながら強烈な闘志をほとばしらせないタイプだ。それでいてレース力は群を抜いている。「SGを取るなら遠藤エミ…」は多くの男子記念レーサーが口にしていたが、2022年3月、それが実現した。およそ70年の歴史に新たな1ページを刻んだのだ。SGボートレースクラシックが開かれた大村は感動に包まれ、本人は歓喜にむせんでいた。日ごろ、さりげなく努力し結果に一喜一憂しないため内心は見えにくいが、実は情操豊かな女性である。2021年8月のレディースチャンピオン(浜名湖)を制した際、「自分より自分を信じてくれるファンの皆さんがいる」と落涙した姿がそれだ。地元水面できっとまた、大きな感動を呼んでくれるはずだ。
「勝負は勝ったり負けたり」ボートレースをこよなく愛した麻雀プロの故・小島武夫さんの座右である。「負け顔の悪い勝負師はいけない」が口癖。朗らかさをヨシとしていた。そんな価値観にピッタリなレーサーがいる。磯部誠である。思うようなレースができず、あるいは失敗により敗退を余儀なくされてもイラ立ちを前面に出すことはない。その爽快で派手な印象と異なり真面目なのだ。2019年9月の浜名湖でG2モーターボート大賞を制した際、「先輩方からレースへの真剣な取り組みや気持ちの切り替えを学ばせてもらっています」と答えたようにである。G1初Vは2020年9月のびわこヤングダービー。歓喜はスタンドにとどまらず、表彰セレモニー後の水神祭では愛知支部を中心に10名がびわこの水に親しんだ。「さいこ~!」と叫ぶ後輩たちの姿に日ごろの態度が反映している。磯部誠は愛すべき人である。2022年は2月に常滑東海地区選を制すと、びわこ一般戦(4月)・常滑一般戦(8月)・三国一般戦(9月)で優勝を果たしている。徳山周年記念(9月)は1号艇で敗れはしたものの決して低調ではない。相性のいいびわこで八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を期待したい。